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今のご時世、腕時計必要なのか。不要かもしれないと思いきや①

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ブログには100万円あったら、の回で少し触れただけだったが、私は腕時計が大好きだ。

どれくらい好きかというと、高校で初めてやったバイトの最初の給料をすべて時計に注ぎ込んでいる。それから数年後、新卒1年目の給与もそこそこ注ぎ込んでいる。

そして高級時計を買うまで、半年以上の調査期間を取り、毎日のように時計について調べ倒していた。
そういった意味では廃れたアイテムとは思うが、個人的には相当思い入れがある。

ただ、最近のトレンドで「腕時計が好き」と、会社などで話しをしてみてもこう返ってくる。

「別に腕時計とか必要なくない?」と。

最近のトレンド、と書いたが、よくよく考えるとそれは嘘かもしれない。
私が大学に入ったころにはすでに携帯電話の所持率は9割という世界だった。

■腕時計不要論

携帯についている時計は電波で勝手に調整されるため、時間がずれない。
そして携帯電話は常に肌身離さず持っている。

そんな時代だったので、腕時計を普段持たない人は半分くらいいたんじゃないかと思えてくる。
2000年頃から腕時計は全く必須ではなくなってしまったのだ。

電池がもし切れてしまったら、と考えるかもしれないが、周囲の人3人に尋ねれば、その中の一人は必ず電池が生きているスマホか携帯を持っており、確実に正確な時間がわかるだろう。


私は時計が好きなので、時計を必ずつけるし、手放すつもりもない。
そもそも時計の時間が合っていなくても構わないのだ。
時間はスマホで見れば良いからだ。

しかし、今のご時世本当に腕時計は必要なのか、本当に真面目に考えていきたいと思う。
私は本当に生真面目人間である。
非常にだ。激おこである。

■腕時計が必要な場面を考えてみる

一つ一つ列挙し、それに対して本当に腕時計はいらないのか十分考察してみる。

①試験中
②授業中
③オフィス
④商談中
⑤電車での移動中



①試験中
大抵試験場には別の時計も用意されている⇒必須ではない、と思えるが・・・

しかし、試験会場は戦場である。
浪人時代に私は予備校に通っていたが、現代文の教師は口を酸っぱくしてこう言っていた。
「受験というのは席の取り合いである。敵よりも良い点を取れば席が自分に回ってくる。そして、偏差値で各大学の受験層は分かれている。だからみんな自分がギリギリ合格する大学に行きたいと思うのだ。そしてギリギリ合格出来るか否かのライン、その数点のところが結局一番の激戦区になってるんだよ。」と。

・・・「だから「漢字」をきちんと勉強して、その2点のアドバンテージで大学への切符を掴み取れ!!!」と、言っていた。

試験会場は戦場だ。

黒板の上にある時計を見るのと、手元にある時計を見るのはどちらが時短になるか、考えるまでもあるまい。問題数が非常に多い試験の場合、残り時間を気にして試験時間中に何回も時計を見るのではないだろうか。
そういったとき、何回も上を見るのと、手元のすぐ横に時計があるのでは、「大差」が付く。
簡単な問題が解けるか解けないか、すなわち「2点」の差がつく可能性が生まれる。

つまりぎりぎりの戦いをする際に、腕時計がない場合、負ける可能性が高まるのだ。

試験で失敗する、ということはどういうことかわかるだろうか。
・希望の大学に入れない
・単位が取れずに留年する
・希望の就職先への就職に失敗する
・資格が取れずに出世できない
・資格が取れずに給与が上がらない

「死」を意味していることがわかるだろうか。
負け組はそうして負けるべくして負けるのだ。腕時計はやはりあったほうが良い。腕時計が無ければ死ぬのだ!!!


②授業中
大体の教室には時計が置いてある⇒必須ではない、と思えるが・・・

しかし、教室の中で時計が置いてある場所はどこだろうか。一度思い出してみると良い。
左か!?いや・・・右か!?

違う・・「黒板の上である」

時計を見ようと目を上げた瞬間どうなるかを想像してみる。
顔を上げ、黒板の上を見る。すると・・・教師と目が合うのである。

教師というものは、どういう人間に問題を当てるかわかるだろう。目が合った人間を指すのだ。
「この人物にこの問題が解けるかな?」という感覚ではないのだ。「目が合ったら指すのである」

教室の時計を見ようなんて輩は、たいてい授業には無関心と思う。
腹が減ったから昼飯いつかな?モードである。放課後カラオケ行きたいな~授業まだ終わらないかな~という感じだろう。

そんなとき、教師に指されでもしたらまったく内容についていけないこと請け合い。
答えられずに、もしくは出された問題がどんなのかすらわからず、「なんでしょう?」と先生に問いかけ、クラスは失笑である。
可愛いあの子も失笑してしまうのである。
「うふふ面白い人ね」
と思われてしまうのだ。

そうしたらあなたは失禁ですか?

そんなとき腕時計があれば、下を向いた姿勢を維持しながら、飯までのタイムを正確にことが出来る。


③オフィス
パソコン仕事中はパソコンに時計が付いている⇒必須ではない、と思えるが・・・

しかし、パソコンについている時計を見れば本当に良いのか。
パソコンについている時計はタスクバー格納だ。つまり右下についている。

そして右下と言えば、教師がいる
問題を当てられてもいいのかな?いいとも!

と冗談はさておき、一般の企業ではパソコンはマルチディスプレイ化していないことが大半であり、また据え置き型ノートPCを使用していることが多いだろう。
ここ数年のトレンドでペーパーレスも進んできており、あらゆるデータはPDFでやり取りされていることが予想される。
ワードやエクセルで送付された資料もそのまま共有のサーバーに突っ込み、あえて印刷せずに保管をしているケースも多いと思われる。(私だけかもしれない)

そうなると、据え置き型ノートPCでは画面サイズが圧倒的に足りないのだ。

エクセルの資料を開きながら、メールを書くだけでも画面が結構圧迫される。
そんなとき、少しでも画面を広く使おうと、「タスクバーを自動的に隠す」ことをしていないだろうか。

これでは常に時間を見ることが出来ない。視覚内に時計がない。しかもデジタルだったりすると直感的に時間がつかめない。
アラームをかけなければ会議に遅れてしまうこともあるだろう。

ではそれを防ぐにはどうすればよいか。

アナログの腕時計である。

常に左手首にアナログの腕時計が着いていれば、キーボードを打つときに自然と視界に時計が入ることになる。これはほぼ常に時間を意識できていると言える。

そのことから腕時計は必須なのである。


④商談中
商談中にあまり時計を見ると失礼に当たる⇒室内の時計はあまり見ることが出来ない。

自分が客先に出向いたとき、色んな商談をしながらも相手がチラチラと時計ばかりを見ていたらどう思うだろうか。
この話をしておきたかったが、また次回にしよう、とトーンダウンし、さらに今後その客先に積極的に赴く気は削がれるのではないだろうか。

スマホで何回も時間を確認されたらなおさらトーンダウンと赴く気力は減ると思われる。

つまりこれはあったほうが良いと思える。
時間が気になったとき、何かの拍子に下を向き、時計をチラ見することが出来るのだ。

と思うだろうが、商談は相手と対面に座ることが多い。そして商談では時計チラ見で時間確認をしないと失礼と認識している人が多く、割と腕時計装着率が高い。

そうなると、相手の腕時計をチラッと見るほうが、スムーズに時間確認が出来たりするのだ。

ちょっと注意点
・相手が腕時計着けない派だったら終わる。
・相手が5分前行動を心がける人で時計が5分進んでいる。
ただしこれらのリスクは残っている。


⑤電車での移動中
電車での移動中は基本的にスマホで何かしているだろう。すると常に時計が表示されているため、必須ではないと思われる。
あまりに必須ではないが、1つだけ必要な場面がある。

優先席付近かつ混んでいる電車のケースだ。
(まだ優先席付近が混雑時以外もスマホ禁止のケースもある)

ルールを守ると、いきなり時間を見ることができない、という事態に陥る。
おおよそ30分で目的地だ。なんて思っていても、そのあとたまたま席が空いて、そこに座り寝て起きる。
そうするとそこは小田原だったりする。詰んだ気分になるだろう。

腕時計があれば駅に付いて振動で起きるたびに、まどろみながらも今何分くらいか確認はできるのだ。

・・・優先席付近で電源を切っている人を見たことがない?
私も一度も見たことがない・・・


腕時計の必須具合をまとめてきたが、長くなってしまって私の体力が持たないため、下記は次回にしようと思った。

<今後のネタ>
徒歩での移動中
冠婚葬祭
飲み会
自転車
マラソン
登山
自宅


以上