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30代が何かしらで日常を楽しくしようと必死なブログ

これまでやってきたことのまとめ。これからやることを決めたり、経過を記入するブログ。

小学生時代の趣味を思い出し、懐かしみながら今に繋げる試み④【硬筆、書道】

趣味 検討系通常ブログ 過去振り返り系

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硬筆や書道の習い事を趣味というと、若干語弊があるかもしれない。
今となっては、いつ硬筆や書道を始めたかあまり良く覚えていなく、いつの間にか習い事として始めていたという記憶しかない。

最初に硬筆を習い始め、その後書道に切り替えたというのが確実という記憶はある。

昔言われたことは、鉛筆でうまい字が書けても、筆ではうまい字は書けない。
しかし、筆でうまい字が書ける人は、鉛筆でもボールペンでも筆ペンでもうまい字が書ける、と。

つまり書道こそ「文字系最強」という話を聞かされていた。

硬筆や書道を習っていてやっていたこと

・まず課題のお手本を見ながら真似て書く。
・出来たら先生の元に持っていって、手直しを受ける。
・先生は赤で私が書いた字の上に、理想の字を書く。
・ここをこうすると良いというアドバイスを貰う。
・そして私の手を掴み、赤で書いたラインをもう一度なぞり、動きを覚えさせる。

当初、先生の字があまりに尋常でなく上手かったため、赤ペンになにか秘密があるのかと思い、先生に赤ペンを貸して欲しい、貸して欲しい、とお願いした気がする。

先生も私のようなクソガキに貸すと、赤ペンがどうにかなってしまうのかと思ったのか、貸してくれなかった記憶がある。
いや別に赤ペン食べてしまうレベルのクソガキではなかったんだが、先生から見たら私が赤ペンをそのまま食べそうだったのかもしれない・・・

そして先生が貸してくれないために、家にある赤ペンを使い書いて見るが、いつもの字だった。
やはりプロである先生の赤ペンじゃないと飛躍的な効果は出ないのか・・とガッカリした。

まだこのときは小学生。弘法筆を選ばずという言葉は知らなかった。
何事も道具でなく腕前だったのだ。
形から入る私には真逆の思想であった。

そして習い事のおかげか、小学校レベルの硬筆や書道コンクールでは、「特選」など選出されることもあった。

才能

そんな中、才能、という言葉を知る機会があった。

それは書き初めのとき。

私の学校では冬休みの宿題で書き初めが出て、しばらくの間、教室の壁の高いところだったか廊下だったかに貼り出されていた。
当然毎回うまい人は決まっている。やはり佐藤さんはメチャクチャうまい、といった感じにだ。

そんな中飛び抜けたものを見つけた。

どこのクラスにも何故か一人は居るおふざけ男子がすごい作品を持ってきたのだ。

彼はどういうわけか「自分の名前」をセンターに持ってきた。
そして「左下の名前欄」に文字を書いてきた。

更に「左下の名前欄」には「出された課題ではない文字」を書いたのだった。

ルールはすべて無視していたのである。
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ただ、私はこれを見て思った。
・・・超面白い、と。

たぶん書道の上手さだけでは、食べていけるレベルにはならないのだろう、と感じている。
こういった吹っ飛んだ発想が必要なのだろう。


私は小学校を卒業するとともに書道も辞めてしまった。
それは中学校では部活があるからだ。

部活で忙しいから、書道はもうできないよね、という風に親は思っていたが、私はその後部活をさぼりまくり、時間は大量に余っていたのだった。

ただ、社会人になった今思う。字はまともに書けて絶対に損は無いと。
履歴書、香典、ご祝儀などなど。少しずつ減ってきているが、字を書く機会は残っているし、今後もしばらくは続くだろう。
10年か20年か、20年したら本当に字を書かなくなる時代かもしれない。

今後も機会があったらドリルで上手な字を「上からなぞる」ということだけでもやっていきたいと思う。
年を取るにつれて、字も丁寧に書くというより、メモを早く書くという機会が増えてきて、字にクセが出てきているからである。

もう一度昔のように、硬筆・書道が出来たら楽しそうだ。
naval.hatenablog.com


以上